HAKUHODO SEI-KATSU-SHA ACADEMY

  • About 生活者アカデミーとは
  • Topics お知らせ
  • Program プログラム
  • Voices 受講生の声
  • Crew クルー
  • facebook
  • twitter

プログラムのお申し込みはこちら

02

AKIRA SENJU

「発想人」の視点

千住 明

作曲家 編曲家 音楽プロデューサー

_ PROFILE

東京藝術大学作曲科在学時から活動を開始、純音楽はもちろん、ポップスや映像音楽、CM等、多岐にわたる領域でグローバルに活躍している。
これまで作曲した曲は3000曲以上。2015年、作家活動30周年を迎えた。

発想の種を生み出すための葛藤

作曲の仕事の90%は職人的な作業だと言っていいと思います。たとえばオーケストレーションといって、ある曲をオーケストラ用に楽器の編成に合わせて譜面を書く作業があります。こうした作業は、時間はかかるけど、音楽教育を受けて修行をした人間ならほぼできます。しかし、残りの10%の発想をどう得るかが問題。発想とは種をつくることです。その最初のドレミが出てこない。寝てみるか、歩き回るか…。寝て起きた瞬間にひらめいたとしても、シャワーを浴びると忘れてしまう…。そんな儚いものを掴み取ろうともがくのです。なかなか眠れなくて本を読んだり、照明を変えたりするでしょう。あの感じに似ている。その世界に入り込んでしまえば、大きなプロジェクトなら1週間ほどその中で集中します。

頭の中に隙間をつくる

仕事を始めてから長い間、僕は、ほぼ24時間営業で仕事をしていました。周りにはCDやレコード、パンフや本といった資料が大量に積まれ、その中で睡眠を削って曲を書いていた。仕事は順調で、次々と仕事が舞い込み、色んな人との出会いもあり、仕事の領域も広がった。楽しかったですね。ただ、10年ほど前、ドクターストップがかかったこともあって、生活を一転させました。モノを捨て、食べるものを変え、住む場所も変えた。健康に留意し、毎日、明治神宮の周りを2周歩く…。自分が浄化されていく感じでした。一度、リセットしたんですね。

今は極力生活感を無くし、整理された環境下で仕事をするようにしています。ひとつの仕事が終わったら、必要最低限の譜面以外はすべて捨てる。いわば足し算の発想から、引き算の発想へ。頭には一定のキャパシティがあり、発想するためには隙間が必要だと気づきました。

地のエネルギーを取り込む

そうなると、発想自体も変わってきた。感覚が研ぎ澄まされて、依頼されたものではなく、真に自分発の曲を書きたいと思うようになったんです。他人のために身をすり減らすのではなく、自分が発信したいことをやりたい、と。

そうした感覚は僕に個性を与えたと思います。不要なものを削ぎ、研ぎ澄まされた空気感の中で生み出されたものは、乱雑な部屋の中で時間に追われながら書かれた曲とは一線を画すものになる。画家である兄(千住博氏)は、「ものをつくるとき、その地のエネルギーをもらう」と昔から言っていました。確かに窓のない部屋でつくる曲と窓の広い部屋でつくる曲は違う。創作の場所を変えていくことは、発想に大きく影響を及ぼすと思います。

他ジャンルの人との交わりからヒントを得る

自分と同じ領域の人たちと交流より、他ジャンルの人たちと交流するほうが発想につながりますね。これも兄に言われたことですが、「自分の世界のことはもう十分に知っただろう。だったら別の領域の人に学べ」と。そこから色んなアーティストとの交流を深めました。画家、役者、料理人…。彼らの考え方、手法を知ることで大きな刺激を受けました。

中でも和食の料理人との交流はとても刺激的です。料理人も音楽家も、実は時間をつくっている職人です。コンサートのプログラムを考えるとき、時間の流れの中でどういう盛り上げ方をするのか、聴衆の感情を思いながら組み立てます。料理も同じで、フランス料理ならオードブルに始まりメインまでの起伏があります。それは基本的に三角形です。和食の場合は、もっと複雑で、細かな起伏をもたせながら、その都度、驚きや楽しみを組み込んでいる。そんな流れを、自分が学んできた西洋音楽に組み入れたらどうなるんだろう…。そんな発想転換ですね。

職人的作業が発想の素地をつくる

NHKの『日曜美術館』の司会を2年間やって、多くのアーティストの人生を知って驚いたのは、好きなことを始めるのが50歳を過ぎてからだということ。20代のときにぼんやりと思っていたことを50歳になって自信をもってやり始める。あっ、美術やアートの世界ではこうなのか…自分にとっても大きな自信になりました。

芸術とはやっていないことをやること。でも、その前に過去につくられた枠を知らなければならない。彼らは、淡々と描き続けるわけです。彫刻家は淡々と彫り続ける。その意味では実は職人。90%の職人的作業と10%の発想と言いましたが、淡々と描き続ける職人仕事をして初めて個性が生まれてきている。発想とは、何もないところからポッと生まれるものではなく、職人的な作業を通して、歴史や理論が身体にしみ込んでこそ生まれるものなのかもしれません。

Photo:Yoshiro Hayakawa

「発想人」の視点 一覧を見る

  • facebook
  • twitter

新着記事

PAGE TOP